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「毎日こんな重い荷物背負って、汗水垂らして移動して…何の罰ゲームかと思いますよ、時々」 (ある旅行者の言葉)。
ラジャスタンの旅を終え、次なる州グジャラートのアーマダバード、それからアジャンタ見学を経て、ここアウランガーバードまでやって来ました。
ウダイプルでは、デリー、ジャイサルメールで会ったYさんという旅行者と再会して、アーマダバードまでの道のりをともにすることになりました。
この人は、「音楽は嫌いです。だってウルサイじゃないですか」という、全世界の善良な人々から総スカンを喰らいそうな発言(笑)のほか、さまざまな迷言を吐く人でして、短い間でしたが、かなり楽しませてもらいました。
アーマダバードは、グジャラート州の州都で、かのガンジーが独立運動を始めた地でもあります。しかし、特に大都会であるとか、街並みが美しいといった特筆すべきことはなく、かなり印象の薄い街でした。異様に暑かったのと、路上でウ○コしている人の割合が他都市よりも多かった記憶だけが強烈です。
それでもYさんは、「ここに、○○というフランスの建築家が建てたビルと、××というアメリカの建築家が建てたホールがあって…」などと、彼の中では、アーマダバード=現代建築の穴場、とでもなっている模様。旅の途中で会った建築家に聞いたとのことで、わたしも、「へえー。こんな何の変哲もない街に、そんなものがあるんですねー」と興味を抱いたのですが、結局見つけられませんでした。仕方ないのでフツーに、『歩き方』に載っている見どころ、ダーダ・ハリ階段井戸とジャイナ教寺院を観光しました。
井戸と云うとえらく地味な観光地のように思えますが、番町皿屋敷的な単純構造のものではなくて、井戸とは思えないほど壮麗な建築物です。でも、訪れる人も少なく、ひっそりと静まりかえっています。子供の時分に、偶然こんなところに迷い込んだりしたら、異次元の入り口にいるみたいでドキドキするだろうなあ…。
”井戸”という言葉の概念を覆す建築(やや大げさ)。
せっかくグジャラートまで来たからには、アーマダバードだけでなく、他の見どころもひとつふたつ、押さえておきたいと思うのが、旅人の人情というもの。
Yさんは、ジャイナ教の総本山パリタナに行くべきかと悩んでいました。パリタナかあ…確かに、総本山というのは面白いかも。ジャイサルメールでジャイナ教寺院を見て以来、その独自の建築と仏像のフォルムには心惹かれているのです。ジャイナ教の仏像って、顔がバカ殿っぽくて、胸にウルトラマンみたいなレーダーがついているの。
でも、ちょっと時間が足りないかな…。
わたしは、とある事情のために、今月19日までにゴアに行かなければならないのです。
それさえなければ、パリタナに行くのもやぶさかではないのですが、19日と天秤にかけると…やっぱり後者が大事。それでも、Yさんが行くなら、付いて行ってもいいかなと思いました。この人とはなんかウマが合うので、楽しい道中になるかも知れない。でも、わたし1人で行ってもなあ…このアーマダバードのクソ暑さを考えると、パリタナの600段だかの階段を1人で上ることなど、苦行以外の何ものでもない気がしてきます。
最後の方は、「Yさん、何で行かないんですか?他の観光地を捨ててわざわざグジャラートまで来たっていうのに。それから、パリタナをパリダカって間違えるの、いい加減直らないんですか」「野ぎくさんこそ、ジャイナ教の総本山を押さえなくていいんですか?僕の代わりに行って来て、あとで写真見せて下さいよ」などと、お互い責任(?)のなすりつけ合いになり、結局2人とも断念。
Yさんも、イランビザ待ちのまま動いているので、そろそろデリーに戻らないといけなかったし、何よりも暑くて動く気にならん!というのが一番の理由か(苦笑)。暑さは旅人の敵ですね。
アーマダバード→アウランガーバード間の夜行バスは、バリバリのローカルバスでした。んもう、どう考えたって長距離を走るべきバスではなく、アーマダバードからジャイプルに行くYさんの夜行バスとは、明らかに身分の違う乗り物。
ていうか、アウランガーバードまで、16時間かかると聞いているのですが…このバスでかよっ!?正気か!? 荷物収納スペースなど存在しない上に満員なので、バックパックを膝に乗せ、サブバッグを足元に置き、まったく身動きの取れない状態で、10時間以上は過ごしたでしょうか…。 窓がちゃんと閉まらないので、夜間の冷たい風が容赦なく吹き込み、そのせいで何度も目が覚めました。そして、朝になると、前日洗ったばかりの髪が、コチコチに固まっていました。一夜にして祝・ドレッド完成!わーい、無料で新しいヘアスタイルだあ!何だかトクした気分だよ♪…って、んなわけねーだろ!そりゃ走行中、あれだけ風と砂埃が入ってくれば誰でもこうなるって。
8時ごろになってようやく乗客が降りだし、荷物のスペースが出来たので、バックパックを席上に乗せ上げ、それに寄りかかってようやく眠ることができました。
アウランガーバードに着いたのは、正午前でした。
通常ならば、とりあえず宿を探しに行くべきところですが、わたしはふと『歩き方』の1行を思い出しました。 「アウランガーバードからアジャンター遺跡への日帰りは厳しい」 アウランガーバードは、アジャンター遺跡・エローラ遺跡というこの辺りのメイン観光地への拠点の町です。なので、ここに宿を取り、それぞれ日帰りで観光しようかと考えていたのですが、日帰りが出来ないのでは、今日ここに泊まると半日のロスになります。今日中にアジャンターに行って、明日まる1日観光に費やして、夕方にこっちに戻ってくるというのが、ムダのないやり方ではないだろうか。
すでに16時間のローカル夜行バスにて、HP(ヒットポイント)をあらかた失っていたわたしでしたが、残りの力を振り絞って、アジャンター行のローカルバスに飛び乗りました。んが、これがいけなかった…。
ローカルバスは、例によって満員御礼でした。
当然荷物丸抱えで乗り込んだわたしは、ただでさえせっまい座席に、バックパックを背負ったまま(=椅子から半分以上尻がはみ出ている状態)、サブバッグを抱き枕のように抱えたまま、1ミリたりとも動けません。そして2時間半後、ようやく地獄のように人口密度の高いバスから解放されたときには、身体の動きがマリオネット的になっていました。
しかしあとはもう、宿を見つけて、明日の観光に備えるだけ。あと、あと少しで今日の仕事は終わりだ…頑張れわたし…頑張るんだ…って、何の修行やねん。
『歩き方』のアジャンター宿情報は、たった1軒の宿しか紹介していません。世界的な観光地なわりには、宿は全然ないらしい…。 その1軒「MTDC」は、ネットでも”ドミあり”との情報を見ていたので、それを当てにして行ったところ、何とドミトリーが1000ルピー(=2500円)だとよ!!!ありえるかいそんなもん!!!
よくよく話を聞けば、それはグループ料金だったのですが、どうやらグループしか泊まれないというのです。何だそりゃ…。
情報に振り回される自分に無性に腹が立ち、「どうしたらいいんだよ〜わざわざアウランガバードを捨ててここまで来て宿なしなのかよ〜」と半泣きで文句を垂れていると、片言で日本語を喋るインド人が近づいて来ました(どこにいたんだろ)。 「安いホテルアリマス」 何となく胡散臭いなー…と思いましたが、ここまでの道のりであまりにも疲労し、汗もすごいことになっている今、一刻も早く何処かで休みたかったので、付いて行くことにしました。 「ここからどれくらいあるの?」 「2分だよ、2分♪」 こんな言葉がアテにならないことくらい、今までの経験上からイヤというほど分かっているのです。でも、わたしの我慢はすでに限界に近づいており、2分と云ったら絶対に2分で着いてくれなければ死にかねない状態なのです(大げさ)。
結局15分近く歩かされ、やっと宿にありつきました。 15分、と書くと、何だそれだけかよと思われそうですけど、この15分は恐ろしく長〜い長い15分だったのですよ…。荷物はバッチリこなきじじい化してるしさ…。 「まだですか?」「もうちょっとだ」「まだなの?もう歩けないよ!(←泣いてる)」「だから、もうちょっとだっての」というやり取りを何度繰り返したでしょうか…。 チェックインの時点で、もう身体中の水分はあらかた出尽くしたくらいな勢いでした。
まずはこのドレッド頭とベタベタの身体を何とかせねばと、かぶりつくようにシャワーを浴びたのち、あまりにも空腹なので、食堂を探そうと外に出ると、さっきの男に出くわしました。
あー何かめんどくさいなー、1人になりたいんだけどなー…と思っていても、放っておいてくれないんだよね(涙)。
「どこ行くんだい?」 「食堂を探しているんですが」 「おう、そうか。じゃあ付いて来い」 やっぱりそうなるか;まあでも、時間もあるし、付いて行くか…。
何やらとりとめのない会話をしつつ、男に付いて歩くのですが、暑い上に空腹、そしてまたしてもなかなか食堂らしきものが見えて来ず、わたしはいつものようにだんだんイライラしてきました。
気がつくと、集落からは出ているし、向こうは何もない幹線道路。あんたホントに食堂に連れて行く気あんのか? 「あのさー、食堂…」 と云っても無視されるので、イライラはもう少しで怒りに変わりそうでした。普段ならこの後、派手にキレる可能性があるわけですが(苦笑)、たいそう疲れているので「もういい。帰ります」と、踵を返してすたすたと元来た道を戻りました。ああっもう、何でインド人はこうもわたしをイライラさせるんだろう…と思いながら。
世界三大アホ民族、などとパッカーの間でクサされる(まーこれも失礼な話だけどさ)中に、インド人も堂々のランクインを果たしているわけですが(笑)、正直、モロッコ、エチオピアでやられていたほどの嫌がらせはないかな…と、これまでの旅路、若干拍子抜け気味ではあるのです。 そのわりには、前回ブチ切れまくっていましたけど(苦笑)、インド人に対しては、どうもストレートにムカつくというより、イライラさせられるんですよね。細かいイライラが鬱積してくる感じ。それが定期的に爆発して、前回のよーになる、と…。
翌日は、いよいよアジャンター遺跡見学。
午後までで観光を済ませ、その足でまたアウランガバードへ戻るという、またも強行なスケジュールを組んでしまいました。わたしという人間に、学習機能はついているのでしょうか?
ともかく、宿に荷物を預け、朝も早よから出発です。
着いてみると、予想以上に観光客でにぎわっていました。
しかもほとんどがインド人観光客。これまで“観光するインド人”というものを大量に見たことがなかったので(タージマハルくらいか)、「インド人も観光するんだ…」と、わけの分からない納得をしてしまいました。そして何故か、「一緒に写真を撮ってくれ」と、わたしを芸能人(もしくは宇宙人)と間違えている人たちが…。インドで日本人を見るのって、もう珍しくないような気がしていたのですが。
インドの人口がもうすぐ10億を突破すると云われていますが、この広大な遺跡ですらも埋め尽くしそうな観光客の多さは、それを物語っているような気がしましたね。
第1窟あたりから臨むアジャンター全景。
アジャンターとは、紀元前1世紀頃と、5世紀に作られた、全部で30の仏教石窟からなる遺跡です。しかし、この石窟群は、18世紀、密林に迷い込んだイギリス騎兵隊士官に偶然発見されるまで、歴史の中に埋もれていたのでした。ああ、こういう逸話って、めちゃくちゃそそる〜(笑)。 最大の見どころは、いきなり第1、第2窟でやって来ます。アジャンターを有名にした壁画が、この第1窟にあるのです。そして、ラスト近く第26窟の彫刻群。 壁画は、内部があまりに暗いため、その素晴らしさが100パーセント伝わって来ません。
一応ヘッドライト持参で来ているものの、この程度の明かりでは、無用の長物も同然です。ガイドブックの解説を読み進めながらじっくり鑑賞したいところですが、文字を読むのもひと苦労。壁画の意味、全っ然分かんねー…。
第1窟の壁画。
内部はこんな感じで薄暗い。というより暗い。
第6窟くらいまで来ると、何となくパターンが読めて来て、「あーはいはい、ここがこうなってんのね」てな感じで観光もついテキトーになっちまいます(苦笑)。うーん、真ん中辺りの石窟は端折ってもいいかなー…と思いつつも、ここまで来たからにはすべての石窟を制覇しなければ気がすまない因果な性格なので、ほとんどスタンプラリー状態で、第7、第8、第9…と折り目正しく順番に観光。 そして、やっとのことで第26窟へ。ここが一番よかったですね。壁画メインの第1、第2と違って、こちらは彫刻がメイン。それまでの石窟が、未完成だったり、ボロボロだったりしていたこともあって、この窟の彫刻はひときわ見事に感じられます。
第27窟の涅槃像。インド最大の涅槃像だそうな。
ようやくすべての石窟を制覇したのちも、わたしはさらに頑張って、石窟全体が見渡せる、小高い丘にも登りました。その途中にある、滝見学スポットにも15秒くらい立ち寄りました。ほとんど秒殺の観光です。
丘の頂上でしっかり自分入りの記念撮影もして、さあこれで全部終わったぞ!と会社帰りのような気分で道を下っていると、若いインド男軍団に後をつけられ、ナゾの因縁でカラまれることに…。一体わたしが何をしたと!?ただ真面目に観光しているだけなのに、いじめないでよ(涙)。
観光が終わると荷物を引き取りにホテルに戻って、ローカルバスを捕まえてアウランガーバードに戻ったらもう夕方。ユースホステルを目指して歩くも、バスターミナルからだいぶ遠く、地図で見たらそうでもないのにどーゆうことやねんっ、と悪態をつきながら、何度も途中のホテルで手を打とうとするけれど財布がそれを許してくれず、またも身体中の水分をあらかた失いながら、何とか到着。ていうか、リキシャに乗ればよかった…。それから、ATMのある銀行を1時間近く探し回って、お金を手に入れると、もう辺りはすっかり夜になっていました。 ユースの部屋は薄暗く、人もほとんどいません。しかし、話し相手が欲しいとも思わないほど疲れていたので、ベッドに転がったまま、ぼんやりと時を過ごしていました。
あーあ、Yさんと一緒だったときは楽しかったな…。
出来ることなら、ラクして旅したい…つらいのなんてコリゴリだ。さくっと観光して、さくっと移動して、美味しいものを食べて、楽しい話し相手がいつもいて、快適な宿に泊まる―そういう旅人に、わたしはなりたい。
とか云いつつ、翌日は朝からエローラ観光!君には休息なんて許されないのだよ。ふふふ…(誰だよ)。 アウランガーバードからエローラまでは、ローカルバスで45分。今回は手荷物だけで、バスも混まなかったので、楽な移動でした。
エローラにも、観光客がわんさといました。まあ、アジャンターとセットで来る人がほとんどですから、当然なのですが。
ああしかし…あづい…あづずぎる…。アジャンターに引き続き、アホみたいに暑い。まさに(滝汗)。
そしてエローラにも、34もの石窟が…うえええ。これ全部行く?ホントに行くの?それってもはや観光の域越えてない?
そもそも、アジャンターもエローラもその歴史なんてほとんど知らないのだから、そんな頑張って観光する必要はないのでは…。
という心とは裏腹に、身体は機械仕掛けの人形のように動く。何故ならわたしの体内には、観光ICチップが埋め込まれているから。って、ホンマかえ?
しかし、エローラ最大の見どころ、第16窟カイナーサータ寺院は、それまでの愚痴など吹き飛ばすほどの素晴らしさでした。
一枚岩から彫り抜かれたヒンズー寺院。エチオピアのラリベラにある岩窟教会も、やはり一枚岩の建築だったけれど、あれよりもさらに壮大、でありながら緻密で華麗。
完成までに100年を要したと書いてありますが、100年かけたからってこれほどのものが出来てしまうのでしょうか? この寺院が、何の変哲もない巨岩から生まれたという事実に、ただただ驚愕するばかりです。21世紀になった今、さすがに岩はもろくなり、寺院の壁面に彫られた象の彫刻の鼻もことごとく削げていますが、完成当時は如何ほどに凄かったことでしょう。
カイナーサータ寺院を上から臨む。石で作ったデコレーションケーキみたいだ…。
もしコンパなどで「君はアジャンタ派?エローラ派?」と尋ねられたら(どんなコンパやねん)、わたしはエローラを選びますね。まあ、アジャンターもなかなか渋いんですけども。
カイナーサータ寺院ですでに勝負あったという感じですが、エローラの魅力は、仏教、ヒンズー教、ジャイナ教という3つの宗教の石窟が取り揃えられている点です。これは観光ポイント高い(ちなみにカイナーサータはヒンズー窟です)。
しかし、仏教窟と第16窟、ジャイナ窟以外―つまりヒンズー窟は、訪れる人もほとんどなく、打ち捨てられたように佇んでいます。それらの石窟の中は、不気味な程にしんとして薄暗く、シヴァの男根を祀ってある祭壇は、こうもりの巣と化しています。
見ごたえは、第16窟に及ぶべくもないものの、この誰も見向きもしない遺跡こそに、遺跡観光の醍醐味を感じる、少々屈折したわたくしです。これ、毎回しつこいほど云っていますね(笑)。“野に咲く花のような女性が好き”とのたまう男性の意見にも似ているでしょうか…。
誰もいない石窟内は、何とも云えない雰囲気に満ちている。
そして、エローラの観光が終わったらもう、アウランガーバードを出て、いよいよゴアに向かうのです。本当はムンバイに寄りたかったけれど、19日の事情により、ムンバイに割ける時間はなくなってしまいました。
出発の今日も早朝から、市内にある「ビービー・カ・マクバラー」という観光スポットに足を運びました。このあとはすぐに、プネー行きのバスに乗らねばならないので、目にも止まらぬ早さで観光せねばなりません。時間がないことは昨日から分かっていたので、夕方のうちから、ホテル周辺のオートにちゃんと値段調査しておくという、珍しい用意周到ぶり。
このビービー(以下略)は、かのタージマハルを建てたシャー・ジャハーンの息子アウラングゼーブが、やはり自分の妻に捧げた墓です。見た目、タージとほとんど一緒の白亜のモスクです。でも、ムガル帝国の衰亡が、総大理石のタージに対して、ビービーは漆喰塗り(一部大理石)という悲しい結果を生み出していて、何だかもののあはれを感じる建物です。決して「タージのパチもん」なんて云っちゃいけません。
この写真だけ見たら、一瞬タージマハルと間違うよね…。
この旅の3年弱、恐ろしいほど多くの観光地を巡って来ました。この後もまた巡り巡ることでしょう。それで、同じ旅人や読者の方に「ハンパなく観光してますよね」なんて云われることもしばしばですが、自分でも、何でここまで観光(&移動)を頑張るのかなと、ふと立ち止まって考えることが、ないわけではありません。まあ、観光オタクと云えるほど、極めているわけでもないんだけどね…。
世の中には、観光なぞまったく興味がないという旅人も少なからずいるわけで、それよりも、何でもない町で現地の人たちと触れ合ったり、何も見どころはないけれど和める村で日がな1日ぶらぶらするのが好きとか云われると、ツーリズムに見事に踊らされている自分が、何やら下等生物のように思えることもあります(苦笑)。
それでも観光せずにはいられない。あそこに○×があると聞けば、カメラを下げて、バスを乗り継いで、入場料を払って(払わないことも…)見に行く。時には汗だくになり、時には凍え、「何でここまでして…」と思いつつも。
「そこにそれ(山)があるからだ」と、登山家マロリーは云いました。わたしもそれに倣って「そこにそれ(観光地)があるからだ」と云ってみます。そこにそれがあるから、観光する。そこにそれがあるから、旅をする。 うん、なかなか悪くない理由かも知れません。あんまり説明にはなっていないけれども。
巨大な像の像の下で休む子供(@エローラ)。
(2004年11月18日 アウランガーバード→プネー) |